日本が生んだエ口マンガの可能性とは? 月100冊読んできた評論家が語る

読者のみなさんはきっと一度くらいはエロマンガを見かけたことがあるだろう。
そして読まれたこともあるかも知れない。
しかしエロマンガが“ヌく”ための単なる娯楽品ではないこともご存知だろうか?

エロとストーリーのせめぎ合い、そこから生まれた新しい表現
──ちくま文庫より出版された『エロマンガ・スタディーズ』に目を通せば、このジャンルの奥深さに圧倒されるだろう。

2006年に唯一の一般読者向けのエロマンガ解説書として話題を呼んだが、
2014年4月に刊行された増補版では、近年のエロマンガによる「性と政治」の関わりについて詳しく追記されている。

今回は著者である永山薫さんに、エロマンガの魅力から、その長い歴史、さらにはエロマンガの社会的位置付けの変化について語っていただいた。

ヌける」かどうかは追求しない

──いきなりですが、永山さんがエロマンガに凝り始めたきっかけは何だったのでしょうか?
永山 1980年代中頃に、美少女系のエロマンガ誌から書評の依頼があったんです。
それ以前は一般書やマンガの書評を書いていたんですけど、もともとエロマンガが好きだったということもあり、面白いそうだと思って始めました。
最初は月に10、20冊の単行本をレビューしましたが、最盛期には100冊を超えましたね。
もちろん、全部が全部面白いわけではありませんでしたけど。
スタージョンの法則というのがあって、平たく言うと「どんなものでもその90%はダメだ」という意味なんですが、
僕にとってのエロマンガも、100冊読んでそのうちの1、2割が面白いと思える作品でした。

──エロマンガとそうではないマンガをレビューすることに違いはありますか?
永山 私の場合はあまり変わりませんでした。
ジャンルの特性としてのエロチックな表現には着目しますが、ヌけるかどうかは追求しません。
基本的には面白いか面白くないかです。普通のマンガと同じく、ストーリーや演出、描写にも注目します。
キャラクターも立っていて、見た目的なフックとしてのアイキャッチをしっかりつくっているか。
展開も面白くて、エロ面でも盛り上げていて、奇抜な構図や挑戦的なアングルで描いている、といった新鮮さがあるかどうか。
リアルだったり、リアルじゃないんだけど妄想力に長けた、
例えば挿入状態の性器が横から見られる断面図とか相手の目には見えないまま挿入される透明チンチン。
さらに僕の命名ですが、同じシーンを様々な角度から捉えて、見開き2ページで構成する「マルチスクリーン・バロック」のような新しい表現を生み出しているかどうか。
優れたエロマンガには、想像力の中ではセックスはこう描くことができるんだ! と気付く楽しさがあります。
そういう工夫があると引き込まれますよね。
逆に、エロいものを描こうともせず、セックスシーンだけを厚くしてノルマをこなしているだけの作品は退屈ですね。
掘骨砕三さんによる数少ない全年齢向けマンガ単行本『クロとマルコ』

──永山さんが特に印象に残っているエロマンガは?
永山 掘骨砕三さんの作品ですね。特に『ひみつの犬神コココちゃん』。
魔法使いの話ですが、 グロテスクで、美しくて、非常に童話的で。
いろんな仕掛けがあって、多くの人は、読んだら最後に滂沱の涙をこぼすはず。
個人的には日本のエロマンガの中から出た傑作の中でも1位2位を争う。
歴史に残るマンガだと思います。
あと、大好きなのは、小梅けいとさんの『花粉少女注意報』ですね。

非常に軽やかで、発想が面白い。
──小梅さんはエロではない作品でも商業で活躍されていますよね。
古今東西のエロマンガをお読みになっている永山さんにうかがいたいのですが、
エロマンガは、アニメや動画と違って音もなければ画も動きません。
エロ動画があふれかえっている現在、あえてマンガという媒体を選ぶ理由はありますか?
永山 単純に“ヌきたい”だけだったら、強いて選ぶ理由はない。
特に選択肢の中から選んでいるのではなく、僕の場合は純粋にマンガが好きで読んでいるんです。
特に今は、インターネットをつないで何回かクリックすれば、ありとあらゆるものが見られる時代です。
これだけ大量の性器を見ることができる時代は人類のこれまでの歴史上存在しなかった。
だから、今の時代にあえてエロマンガしか読まないという人はいないと思いますよ。
小梅けいと 小梅けいとさんは、最近ではオリジナルアニメ『ビビッドレッド・オペレーション』のコミカライズなどを担当している
でも、エロマンガを含む2次元は、非常にデオドラントな側面がある。
セックスにしても、実体験だったら起こりうる嫌なところや汚いところを避けてデフォルメしている。
実際のセックスにおける面倒な部分を省いた表現として好む人もいるかもしれません。
小梅けいとさんは、最近ではオリジナルアニメ『ビビッドレッド・オペレーション』のコミカライズなどを担当している

──それは、悪い言い方をすると、性への臆病さを表しているという考え方もできるのでしょうか?
永山 それは男女問わずあると思います。
2次元の男性のカップリングに執着してしまう、いわゆる“腐女子”の中には、
やはり現実の恋愛や性行為は面倒だと思っている人もいるはずです。
2次元の特徴の一つとして、当事者性の薄さという点が挙げられます。
例えば男同士の恋愛や性行為であれば、女性読者の場合、自分には関係ないじゃないですか。
ワンクッションをおけるから、むしろセックスや快楽とかに対して正直に向き合うことができ、妄想としても楽しみやすい。
ただ、別にそれが悪いわけじゃない。
昔から、「最近の若いもんはアニメとかマンガみたいな2次元ばっかで、生身の女に興味がなくなってけしからん」みたいなことを言うヤツが本当にいるんですよ。
でも、「俺がどうやってオナニーしようが、お前に迷惑なんてかけてないだろ」っていう話です(笑)。

エロマンガは新規読者を獲得できていない?

惜しくも2014年2月に突然の休刊となってしまったが、2010年に創刊され「男の娘」専門雑誌として人気を博した『わぁい!』

──例えば最近、「男の娘」という存在が普及していますが、これまで後ろめたいこととされていた性的な趣味嗜好が、ファッション化・カジュアル化しつつありますよね。
永山 男の娘などに関しては、カジュアルなコスプレの延長という部分があるでしょうね。
ただ、そういったセクシュアル・マイノリティが、増えているのか、表に出てきただけなのはわからない。
これはゲイやレスビアンにしても同じで、様々な理由からカミングアウトしていない人の方が今でも多いと思います。
でも社会もある程度、彼らに対して開かれてきている。とは言えまだまだハードルはあります。簡単には進展しないでしょうが、昔に比べれば風通しはよくなりました。

──それは社会全体が寛容になってきているということでしょうか?
永山 良く言えば寛容だけど、悪く言えば無関心になってきているのかもしれませんね。
僕も今さっき冗談で「お前に迷惑かけてないんだから関係ないだろ」と言いましたが、
社会全体が、周りがどんな人間だろうと自分に迷惑をかけていなければ何をやってもいい、という態度をとっているとも言えます。

──良い面悪い面がある、と。
様々な社会的潮流を背景に、エロマンガの位置づけも変化していると思われます。
例えば、昔と比べて読者層に変化はありますか?
永山 読者層が増えたように思われがちですが、僕の調査では、実際にはエロマンガの新しい読者は増えていないので、
現在の市場はおそらく最盛期の4分の1くらいの規模になっています。
エロマンガは携帯での電子配信を頑張っていて、年間数百万稼いでいるマンガ家は確かにいます。
でも一方で、1円も稼いでいないという人の方が圧倒的に多数ですよ。
世界最大の同人即売会「コミケ」では、オリジナル・二次創作含めた様々なジャンルのエロマンガが頒布される/2013年の「コミックマーケット84」の様子

──DMMやパピルスなどの大手プラットフォームが、エロマンガや同人誌など、エロ系のコンテンツ配信に力を入れていますが、
それでもネットに違法アップロードされてしまいますよね。
これが売り上げに影響するということもあるのでしょうか?
永山 そこは計量化できないので難しいです。
いわゆる、タダで消費する“フリーライダー”と呼ばれる連中が、もしこれまで違法にアップされてきていたものがネットから完全に追放されたとして、果たして彼らは正規品を買うのか?
という疑問があります。
例えば「9割はクズ」という法則を単純に当てはめて考えると、
違法ダウンロードされた10作品中のうち、9作品はパパっと読み捨てられているでしょう。
そう考えると、タダで見られなくなったからという理由で購入される作品は2割以下です。
それも、おそらく元々人気の作品に集中し、多くの作家にとって、売り上げにそれほど関係ない気がします。
逆に、タダで読んでみたらすごい面白いと思って、
続けて読もうとしたら残りはネットで見つからなかったから、続きを読みたいがために正規品の購買に結びつく、という効果も期待できる。
それによって読者も獲得できる。
だから、売上げという点に限って言えば、違法ダウンロードには良い面と悪い面があると思う。
もちろん、即売会の翌日に違法公開され、実売数よりもダウンロード数の方が勝っている現実に、心が折れてしまう作家がいるのも事実ですが。

エロの行方

2006年に発売された『エロマンガ・スタディーズ―「快楽装置」としての漫画入門』

──今のエロマンガは、様々な規制を受けて表現可能な枠が狭まっている印象もあります。
昔のエロマンガと今とで、異なる点はありますか?
『エロマンガ・スタディーズ―「快楽装置」としての漫画入門』
2006年に発売された『エロマンガ・スタディーズ―「快楽装置」としての漫画入門』

永山 実は、表現としては、昔の方がソフトなんですよ。
例えば16ページあったら、セックスシーンが2、3ページとかで、半分もあったら多いぐらいの配分でした。
連載作品だったら、全くセックスが出てこない回もあった。
そういう意味で、昔はアバウトで自由でしたね。
読者側もがっつりセックスするマンガをそこまで露骨に求めてはいなかった。
けれど、時代は変わって、今はエロマンガにもノルマが存在し、
例えば16ページのうち12ページはエロを入れてくださいと編集側から指示が出るようになったと聞きます。
エロを増量すると短期的には数字が良いからです。
だけど大体パターン化してしまうため、読者もやっぱり飽きてしまうんだと思います。
昔もやっぱり表現規制はありました。
わいせつ物頒布等の罪は刑法175条 で規定されてはいますが、
実際のところはその時の世間の感覚とか、表現規制を推進する団体の活動によって、ずいぶん左右されてしまうものです。
結局のところ、わいせつ性は個人の内面に関わる問題です。
刑法175条にしても、表現の自由、内面の自由、そして憲法上にははっきり書かれてはいませんが、
何かを楽しむ権利、これらを侵害しています。
そのため、法学者の間では、刑法175条は違憲性が高いのではないかという議論もあります。
児童ポルノは別にして、欧米の憲法は、日本とは違い、よほどのことがない限り自由を尊重していますよ。


──一方で、海外と比べても、なぜ日本の性風俗はここまで発展したのでしょうか?

永山 もともと日本の文化的背景がスケベなんですよ(笑)。
昔は宿場ごとに売春宿があり、それから男娼、つまり男の子の体を売る茶屋もあった。
それに、盆踊りの夜になると村中で乱交パーティーが起きて、あとで誰の子かわからないけど、
この村の子だ、ということで収まってしまうような時代があった。
今では、そのような文化はほぼ死に絶えたでしょうね。
そのきっかけは、明治維新下の日本が、先進国に野蛮な国だと思われるとかっこ悪い、国益にもならないと考え、
そういった性風俗を含んだ伝統文化を廃した欧化政策が行われたことです。
また、子どもを特権化する動きも、欧米の産業革命の時に始まったそうです。
貴重な労働力であるにも関わらず過酷な労働環境にさらされる子ども達を守ろうという法律が次々できて、
児童ポルノ法もその延長にある。
今の児童ポルノ法の世界的なすう勢としては、「子どもに見せない」「子どもを出さない」という二大原則があるそうですが、
実はそれもたかだか200年ほどの歴史なんです。


──児童ポルノ法は守られるべきだと思いますが、
一方でその法律を二次元の創作物にも適応させようとする動きに対して、今も反発が起きています。

永山 虚構を裁いて意味はあるのか、という疑問はありますね。
別に(制作過程で)実在する子どもをモデルに使っているわけでもない。
子どもをレイプする作品が犯罪を助長するという論理を持ち出されても、
それではテレビで放送している定番ミステリーで起こる殺人描写は殺人を助長しないのか、という矛盾はあります。
規制に関して、感情論としてはすごくわかる。わかるんだけど、あくまで創作上の架空のキャラクターですからね。
実際、ロリを題材にしたエロマンガの読者や作者の中には、恐らくペドファイル(小児愛者)の人もいるでしょう。
ただ、それは確率の問題であって、エロマンガの読者に限らず、少数派は必ず一定数存在するものです。
そして、ほかの性的少数派であるゲイやレスビアンと同じく、ペドファイルであること自体は罪でも何でもない。
ペドファイルの場合、欲望に忠実に行動したら犯罪になってしまいますが。

──ただ、特に近年、ロリコンコンテンツが支持されているように思いますが、その理由は何でしょうか?

永山 目立って見えるというだけで、ロリコン自体は根強く普遍的な嗜好だと思います。
雑誌の種類や部数から言えば、他のエロコンテンツよりも圧倒的に少ないはずです。
ロリコン作品にはイコンとイデアという性質があります。
イコンは絵としての少女。イデアは概念としての少女性、処女性、小さくてかわいいという理念のようなものです。
90年代以前のロリコンマンガには、イデアとしての少女性を追求したものが多かった。そ
れが段々、絵的にかわいいイコンとしての魅力を重要視するような流れになっていきました。 永山薫さん

──現在のメディアでは、活字より画像や動画が多く登場しますが、
それがイデアよりイコンを優先させる要因、つまり、エロマンガにおいては性描写が増えた原因となっているのでしょうか?

永山 それも無関係ではないでしょうね。
昔のロリコンマンガ家には、今よりも、キャラクターをしっかり立ててマンガを描く方が多かった。
けれど、今はセックスシーンが多くなったことで、設定、ストーリー、キャラクターの幅が狭くなっている。
セックスシーンのノルマを増やしている編集側も勘違いしていると思うんですが、
セックスシーンのためだけにエロマンガを読む人はそこまで多くないし、
そういう読者は結局長期的な消費者にはなってくれないでしょう。

──ただ、現在のエロマンガは、結局は短期的な数字のために直接的なエロを増やそうという風潮なんですよね。

永山 そうですね。実際、量的にも質的にもエロを盛り上げれば、確かに数字が出ます。
というのも、マンガを読みたい読者がいる一方で、今晩どうしてもヌきたい読者も当然いるからです。
80年代から両者はずーっと論争していますよ(笑)。

──結論は出るものなんですか?

永山 出ないでしょ(笑)!

参照元:「kai-you.net」
日本が生んだエ口マンガの可能性とは? 月100冊読んできた評論家が語る
http://kai-you.net/article/6407/page/2

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